Patience
色々とね、ありますよね。
ありませんか?
先日、同い年の友人から、丸くなったよねぇ、と言われたんですけど、丸くなったというより、あからさまに外に出なくなっただけかもしれません。
例えば、おまえってこんなやつだよ、って言われたりよくするんですが(今日も)、それが、本来の自分とあまりに隔たりがあると、辛い。酷い。
辛いけど、そんな事言ってもはじまらない。。
音楽への感想と同じで、その人が持つ印象ですから、それはその人のものであって、僕がとやかく言う事ではないと思ってしまうのさ。
あとね、自分の我(価値観)を突き通そうとする人と接するとき、
これまた辛い。
僕には僕の価値観があって、それを主張し返したくなるのだけど、それをしてしまっては、その人と同じになるような気がして、やめてしまうのさ。
他愛のない、ドラえもんの声がどうとか、ところ天に三杯酢はどうとか、そんな事なら、奮って主張仕返しますし、建設的な話なら厭わないのですけど、共同作業が必要で、それが目的のときは。。ね。
・・・・で、そういった我慢してる、って気分に自分が陥ってしまうのもまた危険。
はたと、我慢してるのは相手も同じかもしれない、と自分を諫める訳です。
自分の権利を侵害された~、って話、あまりに多い気がするんですけど、そうゆう社会がすすんでいくと、某国のような訴訟社会になってしまうのかもしれませんね。
我慢は当たり前です。
忍耐をそれと思わない、ことこそ快食快便への道ですな。
初めて師と飲みに言った時、”人生は妥協だ(compromise)”って言われまして(本人は忘れてると思いますが)、これから、あなたに音楽を習おうという人間に何をおっしゃるんですか(笑)、とびっくらこきましたが、そこのところを言っていたのだと、当時の師と同じ年になって思うわけです。
まぁ、あんまし考えないのが一番す。
頼朝さん(源さんちの)も言ってました。”夜に考え事すると、よからぬ方へいくのでやめるべし”
今日も耐えたな、というみなさん、お互いがんばらず、がんばりましょ。
いつか報われますって。
今、感情をぶちまけても報われるどころか、余計混沌とするだけかもしれませんしね。
明日から東京行ってきます。
週末30日、ナマステインディア出演でーす。
http://www.indofestival.com/
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コメント
なるほどね。
こーきさんて、誤解されやすいとこあっるかもね。
たまには吐き出してもいいと思うよv(^o^ )
投稿: ema | 2007/09/27 10:04
私、性格の裏表はないけど、親からは我が強いとか攻撃的ってよく言われます。
で、こっちの友達からはみんなと仲良くする人って言われました。
でも本当の私はヒッキー(ひきこもり)になったりもするナイーブな面もあるの。すっごく精神的に弱かったりするんだけど、そんな自分を無理して明るく見せちゃったり、社交的に振舞ったりして自爆しているよ。
私、主より従の方が本当は向いていると思います。でも従になる時には、主になってくれる人がいなきゃなれないし。
私も大学生の時、「人生はもっと妥協した方が楽に生きられるのに・・・」って男の友達から言われました。当時の私は今よりも尖ってましたから、今になってなんとなくわかります。妥協とか、適当に折り合いをつけることを学ぶのが遅かったです。社会人になって少しわかりました。会社に入った当時の私は「扱いづらい子」だったと思います。
我慢を当たり前だと思うには、相当人生経験が必要なんではないでしょうか。人生、絶対我慢しなきゃいけない場面にあわずには生きられないと思うけど・・・。なんか長くなっちゃったから、またメールで。
投稿: SHAZIA | 2007/09/27 23:58
◆emaさん
うん、そりゃ違うよ、って言いたい事あるんだけど、言葉には限界あるです。
ほんとの自分を他人に分かって貰うなんてどだい無理な話ですから。
でも、たまに僕の音楽を聴いてね、的確に僕の事を言い当てる人もいるんです。そうゆうとき、涙がでそうになりますよ。
◆SHAZIAさん
楽に生きる術の為に妥協するのは、必ずしもいいとは言えないかもしれません(それも人によりますね)。
妥協は、的確に自分の行きたいところに行くためにするものでは、と。
ほんとうに守りたいものや、つかみ取りたいものがあるのなら、目先のものに捕らわれていると目的を失う事があるので、ほどよい妥協も、また術かと。
続きメールでもいいですけど、ここでもいいですよ。
投稿: こ | 2007/09/28 07:08
強いシタールを弾く漢。
4年ぶりに再会して、感じていたいことはそれだけです。
時がたつと、人って変わるね。印象とか価値観とか、まるで当てにならない。こーきさんがいってたようにねにね。
20代まで泣き虫だったけどね、3児の父になったしね、俺ね、戦うとき、戦うの。徹底的に、相手をつぶしにいく。死なない程度に。出ないと自分も家族も守れない。
音楽が今のところそんな汚れちまった自分を浄化してくれる聖域になっています。
お師匠さん、水のようにやわらかい人だね。いいね。
30代の半ばにさしかかってから、わる知恵つかって、世渡り上手になった俺とは、大違いだね。
投稿: kou | 2007/09/29 05:51
◆kouさん
守るべきものがある強い気持ち、伝わります。
言うほど汚れてる訳じゃないと思うよ。自分では汚れてるという定義かもしれないけど、ひとそれぞれそういったものは抱えてる訳です。
自分に牛、じゃなかった、嘘つかなければそれで、いいのでしょう・・
投稿: こ | 2007/10/01 08:48