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2014/03/23

LOVEふぐすまレポート その1

先週に引き続き福島に来ています。
いわき~会津を経て、今は福島市におります。
見たこと聞いたこと感じたこと、なんとなく徒然に書いていこうと思います。
たいした情報はないかと思いますが、ご興味あればお目通しくださいませ。

まず状況の整理的に・・・
私の父方の吉田家は、福島第1原子力発電所から直線距離1km程のところにあります。いやもうなんかありました。
双葉郡大熊町になります。母方は双葉町です。
大熊町は、人口11000程。3年前の東日本大震災による被害は、直接死11人、関連死101人、行方不明1人。他の市町村に比べたら少ないのかもしれません。しかしながら現在その住民のほぼ全数が避難生活。9割のエリアが帰還困難区域に指定されています。当初、役場機能も含め会津若松市に多く避難しましたが、2014.3月現在、4000人ほどがいわき地域に避難先を移しており、会津のその数を上回りました。

避難先の会津は、土地も人情もとても素晴らしい。ありがたい。と皆口を揃えます。たまたま流れてたTVでも、大熊出身の元大工の方が通学路の交通整理ボランティアをしている様子が紹介されていたりして、ちょっとほっとする話でした。

いわきは、その風土も大熊に近く避難生活を送る方にもよりふるさとを感じさせるものがあるのだと思います。東海村の臨界事故の時も多くの方がいわきに避難してきた経緯もあるそうで、事故発生時にもヨウ素剤をいち早く市民に配るなど、原子力事故に対する意識も高いように思えます。双葉町の役場機能も昨年埼玉から移転しましたし、被災者の声の集約、問題処理への中心的場所になっていくような気がします。
その反面、土地の高騰、住民票の問題、地元の方とのちょっとしたトラブルなど、やや混乱している様子もあるようです。

大熊町役場に勤め、多忙を極める従兄弟と今回ようやくゆっくり話すことができ、様々な事情、現状などを聞くことができたのが、とてもありがたいことでした。
その立場上、ここで多くを書くわけにはいきませんが、話を聞く前から想像していた、避難住民と国政・県政との板挟み具合は、私の想像を超えるものでした。そこまで我慢しなければならないのか、という事案にも、

「それが俺の役目だから。今皆の役に立たなければ何のためにこの仕事を選んだのか。」
「家族には大変な状況を持ち込むわけにいかないから何も話していない。避難するときも家族よりも町民を優先した為1週間以上会えなかった。だから家族には申し訳ないと思っている。」

そう優しく微笑む、自分と6つ違いの兄貴のようないとこに、私は心からの敬意と目頭が潤むのを止められませんでした。

いろんな見方があるかと思います。原発の恩恵もあったかもしれません。
文学者の徐京植は福島の人々についてこう書いています。
「・・共同体的な相互扶助の絆が残されている一方、声を上げて自己主張することには慣れていない(中略)もともと受動的であることを強いられてきた・・」

そうかもしれません、けれど私は従兄弟をはじめ、強く清らかであろうとする福島の人々に敬意を表するとともに、自分も福島生まれの人間として、自分のなすべきことを信念を持って努めたいと思います。そしてそれは信という名の祖父が自分に教えてくれたことでもあります。

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LOVEふぐすまレポート その2

LOVEふぐすまレポート その3

LOVEふぐすまレポート その4

 

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